営業を増やせば伸びるが、利益は削れる。逆に利益を守れば、成長は鈍る。
多くの経営会議で、この二択がそのまま議論の入り口になっています。
けれど実際に投資家やボードが見ているのは、どちらか一方の数字ではありません。成長率と利益率を足した、ひとつの数字です。
それがRule of 40(ルール・オブ・フォーティ)です。SaaS企業の健全性を測る目安として、2015年ごろから急速に広まりました。
この記事では、Rule of 40の定義と計算方法、具体的な試算、RevOpsやプロダクトマネジメントの現場での使い方、そして誤って使うと危険な場面までを順に整理します。
資金調達のピッチで使う人も、ひとりで事業を回しながら黒字を守りたい人も、同じ物差しで自社の立ち位置を語れるようになるはずです。
なぜ「成長か、利益か」ではなく足し算で考えるのか
早熟なSaaS企業ほど、成長率だけを追いかけがちです。売上が去年の2倍になったと聞けば、誰でも良い会社だと感じます。
ただし、その成長がどれだけの資金を燃やして作られたものかは、成長率という数字だけでは見えません。広告費を積み増せば、たいていの会社は短期的に成長率を上げられます。
逆に利益率だけを追うと、今度は成長を止めてでも黒字化を急いだ会社と、もともと大きく伸びている会社の利益率が、同じ扱いになってしまいます。
Rule of 40は、この2つの数字を無理に切り離さず、足し算にしてしまうという発想の転換です。
片方が低くても、もう片方が補えばよいという考え方なので、成長期の企業にも成熟期の企業にも当てはめやすくなっています。
外部から資金を調達する場面だけでなく、個人で開発したプロダクトを将来売却する場面でも、買い手は似た発想で数字を眺めます。
Rule of 40とは何か — 定義と計算式
Rule of 40の定義そのものは単純です。年間の売上成長率(%)と利益率(%)を単純に足し算し、その合計が40以上であれば健全とみなします。
例えば売上成長率が25%、利益率が15%の会社なら、合計は40で基準を満たします。
成長率が55%あれば、利益率がマイナス15%の赤字であっても、合計では40に届きます。
この単純さこそがRule of 40の強みです。複雑な財務モデルを組まなくても、決算資料の数字を2つ足すだけで、経営の状態をひとことで語れます。
成長率と利益率、それぞれ何を使うか
一見単純に見えるこの指標ですが、成長率と利益率それぞれに、複数の定義が使われていることには注意が必要です。
成長率には、年間経常収益(ARR)の前年比を使うのが一般的です。
月次で経営しているアーリーステージの会社では、月次経常収益(MRR)の伸び率を年率換算することもあります。
利益率の側はさらに幅があります。よく使われるのは次のような指標です。
- EBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)を売上で割ったEBITDAマージン
- フリーキャッシュフロー(FCF)を売上で割ったFCFマージン
- 営業利益率など、会社が普段の経営で使っている利益指標
どの利益率を使うかによって、同じ会社でも合計は数ポイント動きます。社内で継続的に追う場合は、毎回同じ定義を使うことが何より大切です。
集計する期間にも選択の余地があります。四半期ごとに数字がぶれやすい事業では、直近12か月(TTM)の実績で計算すると、季節要因やキャンペーンの偏りをならせます。
逆に立ち上がったばかりの事業では、直近1か月の伸びを年率換算した数字を使うこともあり、どちらを選ぶかで結果はかなり変わります。
どこから生まれた指標か
Rule of 40は、特定の学術研究や会計基準から生まれたものではありません。
2015年ごろ、ベンチャーキャピタルの関係者が、成長企業の投資判断で使われていた経験則をブログで紹介したことをきっかけに、SaaS業界全体に広まったと言われています。
一種の業界の共通言語として定着した経緯があるため、Rule of 40には唯一の公式な算出基準があるわけではありません。
それぞれの企業や投資家が、自社の実態に合わせて成長率と利益率の定義を決めて使っています。
だからこそ、他社と比較するための絶対値というより、自社の推移を追うための共通のものさしとして使うのが実務的です。
上場しているクラウド企業を追う投資家もいれば、非上場のスタートアップの経営目標として使う経営陣もいます。使う人によって参照するデータの粒度が違うことも、覚えておくとよいでしょう。
具体例で計算してみる
数字だけでは実感が湧きにくいので、具体的な例で試算してみましょう。以下の数値はすべて説明のための仮定です。
3つのタイプを比べる
仮に、年間経常収益が5億円の3つのSaaS企業があるとします。いずれも合計は40で並びますが、中身はまったく違います。
| タイプ | 売上成長率 | 利益率(FCFマージン) | 合計 |
|---|---|---|---|
| 急成長重視型 | 55% | -15% | 40 |
| バランス型 | 30% | 10% | 40 |
| 利益重視型 | 15% | 25% | 40 |
急成長重視型は、資金を積極的に投じて成長を作っている段階です。
赤字であること自体は問題ではなく、その赤字がどれだけの成長を買えているかが論点になります。
このタイプに対して投資家がよく聞くのは、使った資金1に対して積み上げた売上がどれくらいかという、支出の効率そのものです。合計が40であることは出発点にすぎません。
利益重視型は、成長よりも収益性を優先しているフェーズです。市場が飽和しつつある事業や、すでに大きなシェアを持つ事業に多い形です。
バランス型は両者の中間で、多くの成熟したSaaS企業が目指す姿とされています。
同じ40でも、投資家が次に聞く質問はタイプごとにまったく違うという点を押さえておいてください。
なお40という数字自体に、厳密な理論的根拠があるわけではありません。あくまで実務の中で定着した目安であり、39なら不健全で41なら健全と機械的に線引きできるものではないことは、念頭に置いておいてください。
「40に届かない」ことが即座に問題とは限らない
合計が40を下回ったとしても、それだけで経営が失敗しているとは言えません。
例えば、大型の資金調達直後で採用を積極化している時期や、既存製品から新製品への移行期には、一時的に合計が沈むことがあります。
大切なのは、一時点の数字ではなく、四半期ごとの推移を追うことです。
下回った理由が説明でき、その後に回復する見込みがあるなら、単月・単四半期の未達は許容範囲になります。
RevOps・プロダクトの実務でどう使うか
Rule of 40は本来、投資家向けの財務指標として広まりましたが、社内の意思決定でも使い道があります。
経営会議での使い方
マーケティング・セールス・プロダクトがそれぞれ異なる指標を持ち寄ると、会議はどの数字が正しいかという議論だけで終わってしまいがちです。
Rule of 40を部門横断の共通言語として置いておくと、個別施策の議論を、成長と利益という2つの軸に一度立ち返らせることができます。
新しい広告予算の提案も、値下げの提案も、この式にどう効くかで説明できるからです。
RevOpsの役割は、まさにこうした部門をまたぐ数字の整合を取ることにあります。
四半期の事業レビューの冒頭でRule of 40の推移をひとつのグラフとして共有し、その後の議論を各部門の個別指標に落とし込んでいく進め方をとる会社もあります。
組織づくりの考え方は RevOps入門|マーケ・営業・CSを一本の数字でつなぐ で扱っているので、あわせて参考にしてください。
プロダクト側の数字とどうつながるか
成長率の中身を分解すると、新規獲得だけでなく、既存顧客からの拡大や解約の影響が含まれています。
この内訳を可視化する指標が NRR(ネットレベニューリテンション)とは?|新規顧客がいなくても伸びる売上の仕組み で紹介したNRRです。
NRRが100%を大きく超えている会社は、新規営業がゼロでも売上が伸びる構造を持っているため、Rule of 40の成長率側を効率よく積み上げられます。
利益率側についても同様で、獲得コストに対してどれだけの生涯価値を回収できているかが土台になります。解約が減れば成長率は底上げされ、獲得コストの回収も早まるため、利益率側にも良い影響が及びます。
この関係は LTV(顧客生涯価値)とは?|獲得コストと並べて健全な成長を見極める指標 で詳しく扱いました。
広告費を増やして成長率を押し上げても、その効果が本当に広告によるものでなければ、利益率だけが削られて終わります。
押し上げの効果が本物かどうかを確かめる考え方は インクリメンタリティテストとは?|広告の因果効果をホールドアウトで測る考え方 にまとめてあります。
Rule of 40の合計を上げる打ち手は、大きく分けると次の3つです。
- 新規獲得を増やす(広告・営業の投資を積み増す)
- 既存顧客からの拡大・解約防止で成長率を底上げする(NRRの改善)
- 獲得や運用のコストを削り、利益率を改善する
どの打ち手を選ぶかは、今のタイプが急成長重視型なのか利益重視型なのかによって変わります。
自社がどちらに近いかを、まず3つのタイプの表に当てはめて考えてみてください。
個人開発・小規模チームでの使い方
Rule of 40は大企業や資金調達を受けたSaaSのための指標に見えるかもしれませんが、考え方自体はもっと小さな事業にも応用できます。
例えば、ひとりで運営するSaaSプロダクトで、売上はほぼ横ばいでも利益をほぼ全額手元に残しているなら、それは利益重視型に近い状態です。
将来的に事業を売却する計画があるなら、買い手は成長率と利益率の合計を、値付けの目安のひとつとして参照することがあります。
逆に、外部資金を入れずに大きく伸ばしたいフェーズでは、あえて利益を削って広告や外注費に回し、急成長重視型に寄せる判断もありえます。
生活費をどこまで事業から引き出すかという個人の事情も絡むため、法人の財務指標をそのまま当てはめるのではなく、自分にとっての利益率が何を指すのかを先に決めておくと迷いが減ります。
どちらが正解ということはなく、今どちらのタイプを選んでいるかを自覚しているかどうかが、資金繰りの相談や事業売却の場面で効いてきます。
Rule of 40が誤解を招く場面
便利な指標である一方、Rule of 40には向き不向きがあります。使う場面を誤ると、かえって判断を誤らせます。
適用できない事業フェーズ・ビジネスモデル
まだ経常収益(ARR)が立ち上がっていないシード期の企業には、そのままでは当てはまりません。
成長率の分母が小さすぎて、数字が跳ねやすく意味を持たないからです。
一括請求のライセンス売上や、プロジェクト単位の売上が中心の事業も、月々の変動が大きく、成長率が安定しません。
業種をまたいだ比較にも注意が必要です。SaaSと、在庫を抱えるハードウェア事業や、需給の波が大きいマーケットプレイス型の事業とでは、同じ利益率でも意味する健全性の水準が違います。
具体的には、次のような状況で誤解が起きやすくなります。
| 状況 | Rule of 40だけで見た誤解 | 補って見るべき点 |
|---|---|---|
| シード期でARRが小さい | 成長率が跳ねやすく数字が安定しない | 顧客数や有料転換率などの先行指標 |
| 一括請求・プロジェクト型売上が多い | 月による変動が指標に混ざる | 四半期・年間での平準化 |
| 高成長だが解約率も高い | 合計だけ見ると健全に見える | NRR・チャーン率を必ず併記する |
とくに最後の行は見落とされがちです。新規獲得が解約を上回っているだけで、成長率の数字自体は高く出ます。
中身を見なければ、漏れバケツに水を注ぎ続けているだけの状態を、健全だと誤認してしまいます。新規獲得のペースを落とした瞬間に成長率が急落し、初めて問題の大きさに気づくことも珍しくありません。
「40を超えたから安心」ではない理由
合計が40を超えていても、それは過去から現在までの実績を示しているにすぎません。
翌期以降も同じ水準を維持できるかどうかは、この数字だけでは分かりません。
Rule of 40は健康診断の総合スコアに近く、個別の検査結果ではありません。
数字が悪化し始めたときに、成長率と利益率のどちらが原因かを分けて見る習慣を、日頃から持っておくことが実務的には重要です。合計だけを追っていると、原因の切り分けに余計な時間がかかってしまいます。
投資家に説明するための数字と、社内で改善に使う数字は、同じ式でも役割が違うと考えておくと扱いを誤りません。
社外向けの説明では合計だけを示しつつ、社内の振り返りでは成長率と利益率を分けて記録しておくと、後から原因を追いやすくなります。
まとめ
Rule of 40は、成長率と利益率という2つの相反する目標を、ひとつの数字で語るための道具です。
計算はシンプルですが、どの定義を使うか、どのフェーズの会社に当てはめるかで、意味は大きく変わります。
自社の数字を一度計算し、3つのタイプのどこに近いかを確かめるところから始めてみてください。
そこから、次にどの打ち手を選ぶべきかが見えてくるはずです。
ひとつの数字にまとめる便利さと、その裏側にある前提の両方を、手元に置いておいてください。次の経営会議や、事業の振り返りの場で、一度試しに計算してみることをおすすめします。